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2007年11月18日日曜日

恐れを手放すということ

「恐れ」は「不安」を呼び、「不安」は「平和」を乱す。
「平和」とは「安心」していられること。

これはうちのインディコ君が言った言葉。
彼はまだ、紛れもない未成年だが、こんなことを時々言う。

彼の定義に当てはめて考えると、恐れないことと平和はとても近い。
天使たちは、「恐れを手放しなさい。」とよく言う。
「安心してください。あなたは愛されています。」とも言う。

苦痛の種を見つけたとき、人はそれがどんな化け物に成長するのだろうかとより大きな苦痛を想像して言いようのない不安に苛まれる。
また、あるときはどうしても手にしたい成功を前に、ダメになるんじゃなかろうかと恐れを抱く。
そして、苛立ったり、何も手につかなくなったり。
とにかく「平和」とか「幸せ」に程遠い自分の未来を思い浮かべて、周りが見えなくなる。

つまらない。楽しくない。

もし、どんなことに対しても、恐れや不安を持たずにいられたら、心の中はどんなにか「平和」を保っていられるだろう。

それは、恐れを自分から手放すこと。「私は恐れない!」ということを選択するしかないんだと思う。
期待はずれの結果が出たとしても、それが意味するものは必ずあるのだから。


最近、このインディコ君のインディコ特有の問題にぶつかって、大きな不安を抱えてしまったとき、「私が恐れを手放すことが出来るように、力を貸してください。」とミカエルにお願いしてみた。
その直後、一枚の小さな白い鳥の羽が、ふわふわと私のほうに舞い降りてきた。
単なる偶然にしても、びっくり。

天使に祈ったあと、鳥の羽がふわふわ舞うのに出くわしたのはこれが初めてじゃないけど、ミカエルは私を勇気付けてくれたのだと思うことにした。

この後、インディコ君は彼なりの大きな教訓を得た。私もまた、ありのままを受け入れて、彼の生長を冷静に見守る経験値が10ポイントぐらいは上がったんじゃないかと思う。

物事には必ず結果があり、人が恐れようが恐れまいがそれは確実にやってくる。
ならば、恐れることに意味はないんだ。

2007年10月30日火曜日

ラファエルの言葉

私の仕事は人と接することなので、時に「枯渇」したという感覚にとらわれることがありました。

エンジェルコネクションの中のひとつのアチューンメントを受けて3日ぐらい経った頃、強烈な浄化(?)が起こりました。
依存的な人々から、どんどん”自分のエネルギーを奪われていく”という感覚。とにかく肉体的にも精神的にも一杯一杯で、何も手につかず、辛くて辛くて涙も出ない感じ。
美しいと感じていた夕焼けを見ても、何も感じない。

どうすることも出来ないその感覚の中で、私は天使に祈っていました。
「助けてください。どうすることも出来ません。私は枯渇してしまっています。愛を持って接したいと思う人々に対して(家族にすら)今のままでは、何も与えることが出来ません。」と。

祈りを終えて、(半ば気休めぐらいの思いで・・・)二、三歩、歩き出したそのとき、何かが空へ地面へスッと抜けていくのを感じました。とたんにすごく楽になってしまったのです。
それと同時に、エメラルドグリーンの光が私を取り巻き、こんな言葉が私の頭の中に響きました。

「恐れずにあなたの思う愛を持って接しなさい。私たちはあなたを常に愛しています。あなたの必要とする力(愛のことだと思う)は、いつでも宇宙からあなたに注がれています。だから、あなたが枯れることは決してありません。」

暖かく、やわらかく力強い響き。
しばらく涙が止まりませんでした。

「ラファエル」
その相手が誰なのか、尋ねることはしている余裕もありませんでしたが。
「ラファエル、ラファエル」と自分の声が(頭の中で)リフレインしていました。

そのあと、ドリーン・バーチューの本でラファエルのことに触れる機会がありました。
そして、その後も時折、ラファエルはそっと私を支えてくれることがあります。

初めてラファエルが私に語りかけてくれたこの言葉は私のみならず、人類すべての人々に向けて告げられる言葉だと思います。
そして、私たちをとりまく宇宙と私たちと、その間に介在す天使の役割や存在理由を端的に示した言葉だと思っています。

2007年10月27日土曜日

ウリエルの言葉

私には天使のエネルギーは色のついた光となって感じられることがほとんどで、メッセージは頭の中に響く言葉となっていることが多いのですが。

かなり前、天使との交信を試みていた時のこと。

はじめに、ほんわりとした光が私を癒しに来てくれました。
(このとき私は結構落ち込んでいたように思います。)
「あなたは誰ですか?」と意識を向けると”ハニエル”という言葉が浮かびました。
「私はどうしたらよいのでしょう?」とまた意識を向けましたがそのエネルギーはただふわりふわりと私をなでるようにそこにありました。

すると突然、違う方向から全く強烈な別の光がやって来ました。まさにやって来たという感じに、一瞬にして私の目の前が明るい黄色の光で満たされ”ハニエル”は静かにそれを見守っていると言う感じでした。

「私はなぜ、こんなにも不完全なのでしょうか?」・・・と今考えるととても稚拙なことをその光に尋ねていました。
光は私の心に答えて言いました。
「神の創ったものに不完全なものはひとつもありません。」と。

目からうろこのこの一言で、なぜかすべてが解決したように思ったのを強烈に覚えています。

そうか、不完全だと言う観念を作り出しているのは自分自身なんだね・・・と。
そう考えれば、自分も相手も、この地球上に存在するすべては「完全なるもの」であって、すべてがいとおしく、すべてが(どうあっても)美しく感じられる。

納得。
私がその一言を理解したのを確信したように、二つの光は去っていきました。

翌日、あれは誰だったのだろうと考えるそばから、”ウリエル”という言葉が浮かびました。

実はこの頃、私は大天使たちの名前をほとんど知りませんでした。
”ミカエル””ガブリエル””ラファエル”ぐらいは知っていましたが、他の大天使たちがどんな名前で、何に長けているかなどと言う知識はほとんどなかったんですよ。
だからこの日も、以前に幾度かメッセージをくれた”ラファエル”に何かアドバイスをもらえないかと・・・。

で、すごく気になって、その筋の本を調べると、”ハニエル”も”ウリエル”もそこに記された名前だったので更ににビックリ!

あの暖かい閃光。
現れ方、去り方。
”ウリエル”カッコよすぎ!!

ラファエルもそうだけど、天使の言葉はいつも短く、そして的確。
なんていうんだろう・・・あの感じ。
そう!根底には常に愛がある。

大天使の大いなる叡智に感謝。

2007年10月22日月曜日

謎の飛行物体?

昨日の朝、職場の窓から遠くに、秩父連山の美しい山の風景が見えました。
山の端からまさしく大地のエネルギーがほとばしっていて、それはそれはクリーンな風景。
「あぁ、今すぐあそこへ行きたい。」

仕事を終えてお昼過ぎに帰宅して、駐車場から家へ戻る途中。
私のハイヤーセルフにこんなお願いをつぶやいてみました。「天使の姿を(はっきりと)見てみたいのです。」
天使のエネルギーを感じたり、心に語りかけるメッセージを聞いたりしたことはあっても、その姿を実際にはっきりと(人間の視覚で)見たことはなかったんですよね。(幽霊ははっきり見えるんですがね…)

路地の角を曲がって、ふと空を見上げると、雲ひとつない青空に太陽の光を受けて星のように光る丸い物体がふわりと浮かんでいる・・・。

????

風船?それにしても高い。結構、風があったんですが、しばらく同じところにあって次の瞬間にフワっと動く、そんなゆったりした動き。
キラキラというより、銀色の星のようにピカーっと光っている。でもそれが丸い球体だと分かるもの。

とにかく、望遠鏡でのぞいたら見えそうな感じ。
家の前では、夫が息子の自転車を修理中で、一番したの息子がそれを手伝っていた。

「ねえ、あれなんだと思う?」
「どれどれ。」
「あれあれ。あの丸いやつ。」

と言っている間にそれは少しづつちいさくなっていく。

とにかく、双眼鏡!
双眼鏡を持ってきて空を見ると、それはもうみえなくなっていた。
もう一度。目を凝らして空を見ると、視界を横切る鳥の向こう側で、それが消えたとおぼしき遠くの空に緩やかに下降する白い翼がはためくのが一瞬見えた。(天使?)

とにかく残念。

夫は「目がチカチカしちゃって、見えなかった。」と言い。息子は「一瞬だけ。光ったのが見えた。」と言う。「えーっ。あんなにはっきり見えてたのに?」
まるで青空に金星が見えていたようだったよ。

結局、それが何だったのか、その後見えた白い翼と関係あるのか全く分からないけど、以前に何回か見たことのあるいわゆる「UFO」とは全く違った感じでした。

ハイヤーセルフとはその後、何も交信していないんでどんな意味があるのかさえも謎のままですが、いつかまた、会えるような気もするので、今は深く考えないようにしよう。